教育環境保全委員会

活動報告タイトル:第4回松原歴史ウォーキング 2008.3.16
 *布忍~天美我堂 

平成20年3月16日(日曜日)天気も良く寺田材木店前に、多数の参加者が集合されました。今回は、布忍~天美我堂地区のウォーキングでした。


     
 大林寺と十一面観音  大林寺  大林寺本堂


大林寺と十一面観音
大林寺は融通念仏宗という宗派のお寺です。 鎌倉時代につくられた阿弥陀如来像を本尊としています。布忍の地には、平安時代にたてられた布忍寺という大きなお寺がありました。本堂の他、五重塔なども建っていたといいます。しかし、明治時代の初めに布忍寺はつぶされ、仏さまなどは近くの大林寺に移されたのです。それが十一面観音なのです。大人の身長とほぼ同じで、1メートル70センチもあります。お顔が11こもあり、笑った顔、おこった顔など人間の11の表情をあらわしています。平安時代につくられた大変すばらしい観音さまで、松原市内の中でも、最古の部類に入ります。 大林寺は、河内西国第5番霊場として、各地からこの十一面観音をおがみに、多くのひとびとがお参りされます。

     
布忍神社 布忍神社 宮司さんの説明を聞く参加者


布忍神社
布忍神社は、現在の北新町・南新町・東新町の氏神さまです。スサノオノミコトなどをおまつりしています。平安時代の嵯峨天皇の時代に、布忍寺の鎮守としてお宮さんをまつったと伝えられています。また、近くの阿麻美許曽神社からスサノオノミコトを白布を敷いて現在地へ迎えたので、神社名を布忍、村の名前を向井村(現在の北新町の旧名)とよんだとも伝えています。 布忍神社本殿は江戸時代初期の一間社流造という形式で、ひのきで屋根をふいています。 「布忍宮」の額は、黄檗宗本山の宇治の万福寺の高泉(中国人)という有名なお坊さんが書きました。また、「かえるまた」という建物を支える部材には仏教の梵字もはめこまれています。貴重な建物ですので、大阪府の指定文化財となっています。

     
「布忍八景」絵馬レプリカ 「布忍八景」絵馬レプリカ 「布忍八景」絵馬レプリカ


「布忍八景」絵馬
「布忍八景」絵馬は、神社のまわりのすばらしい八つの風景などを絵や俳句などであらわしたものです。江戸時代中ごろ宝永2年(1705)につくられました。神社の桜とか、前の籠池で泳ぐカモメとか、二上山や金剛山を遠望した絵などが描かれました。拝殿にかかり、少し暗くてわかりみくいかもしれませんが、西除川遊歩道に復元絵馬がありますので、確認してください。

     
薮内家のクスノ木 薮内家のクスノ木 薮内家のクスノ木


薮内家の楠の巨木
現在、薮内家のあるあたりは布忍寺境内の北側にあたります。家の中の楠は幹まわり3メートル80センチ、高さ21メートルもあります。また、今はガレージになっているところの楠も3メートル50センチ、高さ16メートルもあり、市内でも有数の大きさです。

     
我堂八幡宮 我堂八幡宮本殿 説明する西田先生


我堂八幡宮
「厄除宮」ともよばれ、天美我堂の氏神さまです。堺市の百舌鳥八幡宮から、応神天皇をお迎えしてまつっています。いつ建てられたかはわかりませんが、江戸時代までは今の社務所のところに神宮寺とよぶ黄檗宗のお寺を守っていました。神宮寺は明治時代のはじめにつぶれましたが、ご本尊の阿弥陀如来像は室町時代の永和3年(1377)につくられました。像裏にこの年代がすみで書かれています。現在、近くの善正寺に移されています。

     
我堂八幡宮の力石 我堂八幡宮の力石 我堂八幡宮の力石


我堂八幡宮の力石
我堂八幡宮本殿の前には、明治時代以後、地元の若者たちが力競べをした力石が6つ残されています。我堂村の村名や八幡石・明治石・龍王石・金剛石といった名前も刻まれています。昔は米俵をかつがなければいけませんでしたので、その1俵は約60キログラムでした。ですから、力石も60キログラム前後の重さでした。あなたは持ち上げられますか。境内にも、大きな楠が8本ほど見られます。

     
善正寺 善正寺 善正寺


善正寺
善正寺は天美我堂の西にあって、すぐ西側はもう堺市北花田です。「天見山」とよびます。
もともとは真言宗で平野にありましたが、戦国時代に浄土真宗となって天美北の城連寺に移り、江戸時代の初めに今の我堂に移転しました。本尊は阿弥陀如来像です。お寺には、数々の宝物が残されていますが、そのうちの一部は本堂に展示されています。いぶきの木も立派です。古い瓦や戦前のお寺の写真などがあり、すぐ前が前ケ池という池だったこともわかります。池は今では埋め立てられ、松原第五中学校などになっています。
 お寺の住職さんは三好さんといいますが、善正寺が戦国時代に浄土真宗になった時、戦国武将の三好順慶の子である了道がこの寺の住職だったからです。

     
善正寺 善正寺「いぶきの木」 善正寺東側の東我堂村と西我堂村の境界


善正寺
菅原道真をまつっています。丹南地区の氏神様です。道真は学問の神様といわれています。 江戸時代初期に建てられましたが、その前の時代の豊臣秀吉が政治をとっていた桃山時代の様式で建てらています。本殿の左右には右大臣・左大臣が道真を守る形でまつられています。丹南藩主の高木氏も信仰したといわれています。

     
西川邸 西川邸の茅葺 西川邸の庭


西川邸
家の外には橋が架けられた濠もみられます。内部の土間は広くとられています。居室部分もゆったりとしていて、天井を支える「はり」も太く、富裕なお家であったことがわかります。座敷から見るお庭も見ごたえがあります。

     
西川邸の濠と橋 西川邸の室内 西川邸の室内
     
 馬具  屏風  家紋

ページの先頭へ
Copyright(c) 2011 Matsubara Lions Club. All Rights Reserved.